河合奈保子か柏原芳恵か?高校時代のズリネタとピンク映画

雑談

小説ブログのはずなのだが、一体何のブログなんだか分からなくなってきている。このご時勢から言って、JSとかJCとかロリとか書くのはマズいということもあり(書いてるけど)、自粛しているというのが第一で、あとは自由なところが小説のいいところであるので、フィクションだか本当の話だか微妙な小説もありと言えばありだろう。第三の新人の作品とか、山口瞳の随筆とか、ああいう路線だと思えばこれもいいのではないだろうか。といってもこっちはロリとか千摺りとか、アホなことしか書いてないんだけど。

先日、長嶋一茂がTV番組で「自由が丘にピンク映画館があった」という話をしていて、ゆとりの出演者たちは「お洒落な街にそんなものが!」という話の流れになっていた。しかし、自由が丘がお洒落な街とか言い出したのは最近のことであり、せいぜいが場末の盛り場ってところじゃないだろうか。そのピンク映画館というのは、駅前のひかり商店街にあった自由が丘ヒカリ座のことである。一茂は田園調布だし、こっちも東横線を行動範囲としているので、ほぼ地元が同じわけだが、向こうは大金持ちのお坊ちゃんで俺は最底辺の貧乏学生という対照の妙が素晴らしいというか、バカバカしいというべきか。

自由が丘のピンクじゃない普通の映画館といえば、武蔵野推理劇場(現・自由が丘武蔵野館)ですな。田中小実昌の随筆で、映画館が開くのを待っている若い男の子がいる、なんて描写がときどきあるのだが、それはおそらく僕のことである(笑)。

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それはともかくとして、高校時代にはピンク映画を見に行くというのが、ひとつの不良のステータスになっていたようだ。実際に見たいという気持ちもあったのだろうが、あの年頃の男子とすれば、いかに悪ぶって見せるかというのが大事なところであり、僕はそういうところを競い合う連中のダサさが非常に嫌だった。したがってピンク映画は見なかったのであるが、ピンク映画の専門誌「EIGA NO TOMO」は愛読していた。これは淀川長治の「映画の友」を名前だけ受け継いだ雑誌なんだが、とにかく最初から最後までピンク映画のグラビア写真で埋め尽くされた無茶な内容であり、高校生男子にしてみればチ〇ポが何本あっても追いつかないほどの刺激であったと言えよう(この雑誌は、表紙が聖子や明菜など人気アイドルの写真なので買いやすいのだ)。

僕がピンク映画を見るようになったのは大学生になってからで、その頃にはビデオブームが始まっていて、ピンク映画も映画館も斜陽になっていたのである。僕は大学で映画研究会をやっていたので、その活動の一環として見ていたのだ。などと言っても本気にしないゆとりが多いのであるが、実際に当時のピンク映画界は若いスタッフの最後の受け皿として機能していて、井筒和幸・周防正行・金子修介といった新鋭監督たちがやりたいことをやっていたので、映画青年にとっては重要なメディアのひとつになっていたわけである。

映画雑誌でいえば「近代映画」はアイドル雑誌に模様替えして生き残りを図っていた。僕がお世話になったのは何と言っても河合奈保子のビキニ写真であり、なにしろ最初から下乳が完全にはみ出しているんだから、これはオナニーするなと言う方がご無理というものだ。一番衝撃を受けたのは、柏原芳恵がビキニ姿でお尻を突き出している写真であって、どうにも勃起が収まらずに一日に三度もオナニーしてしまったのだが、まったく純情であったと言わざるをえない。お尻といえば、NHKのレッツゴーヤングに出ている日高のり子とかいう売れないアイドルの水着グラビアでもよく発射させていただいた。あのB級アイドルがその後どうなったのかは知らないけど、一度でいいからあのケツに「タッチ」してみたかったものである(立っちしたのは股間の方だった)。

アイドル雑誌では、学研が出している「BOMB」というのがあった。どうも今でもあるらしいんだが、俺が読んでいた頃は読者投稿欄がキチガイになってきて、どのドラマで誰それのパンチラが見えたとか、乳首が出たとかいうタレコミ合戦の応酬となり、挙句の果てに雑誌全体がその手の記事で埋め尽くされるという惨事(快挙)となったのである。学研がこんなことやってていいのか?という疑問はあったものの、これは男子高校生にとっては嬉しい展開と言うしかなく、やっぱりお猿と化してオナニーしまくるという結果に相成ったわけだ。

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