20世紀少年オナニー事情 ロリ小説家の昭和雑談

雑談

前回の記事では話が違う方向に行ってしまったようだ。規制に対する恨み節を並べるのが僕の本意ではなくて、健全なオナニー話を書くつもりだったのであるが、途中から「このハゲちがうだろー」という感じになってしまった。

改めて本題に戻りますと、僕がオナニーをやりはじめたのは中1の春のことである。小〇校時代のエロ話もいろいろあって、小6の時には夢精するようになったのだが、積極的に自分の手で刺激するようになったのは中学入学後のことであった。もうそろそろやった方がいいのではないか、という思いがあったわけだが、何がもうそろそろなんだか、全く意味が分からない。しかし、美少年には不似合いなほどの私の巨根は常にギンギンのビンビンであったから、自らこすりはじめるのは必然なのであった。

と言いつつも、当時は80年代どころかまだ70年代ですからねー、今のゆとり諸君には想像もつかないことだろうが、ズリネタの供給源は皆無だったのである。中坊なのでプレイボーイや平凡パンチも容易には手に入らないし、おおっぴらに立ち読みすることもできない。たまに親が捨ててあった週刊ポストが最大のエロネタであったのだが、もちろんヘアヌードなどもってのほかという時代である。

その頃、僕が主にオカズにしていたのは、中1時代に小さく載っている榊原郁恵、ピンクレディー、キャンディーズ、アグネス・ラムといったみなさんの水着写真だった。やはり榊原郁恵、ピンクレディーのミーちゃん、キャンディーズのスーちゃんといった、丸顔でぽっちゃりしたお姉さんに滅法弱く、やがて大場久美子が登場した時には、その童顔とアンバランスなパイオツに驚嘆させられた。丸顔でぽっちゃりの年増というのはワシの最大の弱点でして、のちに大学や職場でその手の先輩に出会うと、どうしてもバックから挿入したくて我慢できなくなってしまう。

中坊時代の印象的なオナペットを回顧すれば、まず第一に挙げられるのが東てる美である。今ではCMで見かけるおばさんであるが、その当時は二十歳を過ぎた頃であろう。ロマンポルノに出ている女優としては珍しく、童顔でロリ系というタイプだった。これも親が捨てた雑誌に載っていた、ごくソフトなヌード写真だったのだけれど、オカズに餓えた少年がトップ女優の裸と初めて遭遇した衝撃は絶大だったようである。この時、俺史上で一番飛んだような気がする。遮るものがなければ5、6メートルは飛んだのではないだろうか。やはり中坊の勢いというものはたいしたもので、最近では飛ぶも飛ばないもなく、そもそもほとんど出ないわけだが(笑)。

それから79年だったと思うが、松本ちえこのヌードが月刊PLAYBOY日本版に掲載された。いま思い出してもこれは衝撃だったね。松本ちえこはCMで大人気を得て、歌もいくつかヒットさせたアイドルタレントで、この時期には落ち目だったとはいえ、誰でもその名は知っているくらいの存在である。そういう人がオールヌードになるというのは、当時はまずあり得ない話だったのだ。実際、ヘアは写ってないしアソコは修正されているんだが、大股開きのポーズで正面から撮っているので、こっちは脳天を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。オナニーしたらいつまでも発射が止まらず、半ば失神状態になって死ぬかと思ったほどである。おそらく、これが俺史上最高のオナニーと言っていいだろう。

この時期で言えば、ダウンタウンの松本がよく、水沢アキのヌードに言及しているようだ。確かにあれも衝撃的ではあったのだが、僕は顎が鋭角的な人は苦手であり、どちらかといえば竹下景子とか市毛良枝といった、丸顔でほんわかしたタイプのお姉さんに弱い。竹下景子をヒゲの旦那が撮影したヌードにもお世話になったが、これは高校時代の話であり、むしろその前に大胆ビキニを披露した写真の方が衝撃度は高かったように思うが、あれもヒゲが撮ったんだろうなー(結局、あの夫婦に手玉に取られているようだ)。

スマホで簡単!大好きな女子の名前を登録するだけで授業中でも 唯井まひろ

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